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別府平和園の様子

一見、聖地エルサレムかと見間違い、遥かなる異国に夢をつなぐロマン漂う建物群、鶴見岳・扇山を背景に澄み切った空気と緑に囲まれた住まい、これが私達の別府平和園です。室内は吹き抜けで、ドームの形をした天井が幾何学模様に組まれたコンクリートむきだしの梁に支えられています。別府平和園では、「この建物」によって、子ども達が命に対する驚きと畏敬の念を覚えるきっかけが生まれることを願っています。

別府平和園では、家庭的養育をするために、児童棟が3つに分かれて建てていて、職員と子どもが一つ屋根の下で生活を共にしています。小規模グルーブケアで6人をひとつのグループとして6ユニットを特徴とし、ナザレホーム・シオンホーム二階建ては女子部屋が基本です。ベタニアホーム二階建ては男子部屋となります。一階と二階ともトイレ・風呂・食堂・台所があり、食事はセンターホールの厨房で作り、各ホームから取りに行きます。

私達の使命と課題

私達の使命は、親の温かい庇護をあたえられなかったか、あるいはそれを失った小さな魂を、保護し育てることにあります。これらの魂は当然のことながら、脅えおおのき、或いは傷つき悩んでいます。したがって私たちの課題は、この小さな魂を如何に生き生きと、美しく育てるかということにあります。

私達の課題は、知的或いは情緒的なものではなく、きわめて論理的なものとなります。なぜなら、人間の魂が生き生きと美しく輝くのは、その人間が論理的徳目に真剣に生きているときであるからです。

私達の課題が論理的であるということは、子どもに論理的徳目を押しつけることではありません。

私達は子どもたちに、言うことによって、或いはさせることによって、教育者なのではありません。なぜなら論理的徳目は、自発的に意識されるときにはじめて、人間の到達すべき崇高の目標となるのです。ですから、論理的徳目は自分に要求すべきことであって、他人に要求すべきことでないのです。従って私達の教育的課題が論理的であるということは、じつは私達大人自身に論理的自己教育を要求されていることにほかありません。

即ち私達は日常生活の中で、子どもを前にして行うことによって教育者なのです。そしてこの日常生活は愛と自由へのあこがれに包まれていなければならない。なぜならそれがなければ、私たちはえせ求道者にすぎなくなり、私達の日常生活は教育とは全く関係のない、偽善と欺瞞に満ちたものとなるでしょう。愛の中で子ども達の魂は癒され、自由の中で生き生きと息吹き、生きる意志が育つのです。

愛と自由の中で魂を育て、愛と自由と共に子どもたちを未来におくりださねばなりません。そしてそのように送りだされた魂が、傷つき病み、生きる意志が弱まったとき、ふたたぶ愛と自由の中で癒し、「生きる意志」を蘇らせてやらればなりません。

自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ。 ロマ書  第十三章九節

 

 

 

 

 

2019年10月株式会社SYSKEN様・大岩電工株式会社様より新しくグラウンドのネットとポールを寄付設置していただきました。



 


新着情報

2020年6月10日
別府平和園ホームページを更新しました。
2020年11月23日   
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